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(2003) いま裸にしたい男たち
何がそこまで思い詰めさせるのか 。
「自分が存在しているのかどうか・・・」を自分に納得させるために表現しているというオダギリジョーの言葉。 全編通して「果たして自分は本当にいるのか?」という 生きていく上で一番核になる部分を怪しんでいる風。 阪本監督曰く「目が暗い」はそこから所以しているのか。
役を離れた彼の表情は静かで孤独。 ドラマ・映画撮りの様子、カンヌでの様子、ライブの様子を挟みつつ、 初の自主制作映画現場での作業を追う。 制作側に立つということが本当に楽しそう。(むしろ役者よりも?) 衣装合わせで彼が役のために選んだ服は「案外普通だな」とつぶやく彼に同調し難く、 私の理解を超えているものでした。
「オダギリは本当に存在しているのか?」冒頭の言葉を繰り返し、「実は存在していないのかもしれない。でもそれも面白いかも」と語る口調は絶望している風もなく、見る側に分からせようとしている風でもなく。 やっぱり自分自身に向けてつぶやいている。 深い深い自己存在への疑念は拭われないまま、はけ口を表現に求めて行くのかも。
彼に興味のある人には一見の価値はあるけれど、 この番組でなんとなく彼を分かったつもりでいると全身全霊で拒否されそうだ。
アブナイ。
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